スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line

第3回やねせん亭

3回「やねせん亭」

今回も大入り満員の予感「やねせん亭」


4月19日(日) 午後2時開演 1時30分開場
谷中コミュニティセンター 会議室
地図
前売り2,000円 当日2,500円 全席自由
三遊亭円左衛門、三遊亭兼好、三遊亭王楽、三遊亭きつつき
林家花(紙切り)
谷中コミュニティ委員会後援

お申し込み 03-5685-5353

谷根千をブラブラ、そして「やねせん亭」でワハハハ!


スポンサーサイト
line

谷根千の草分け

谷根千工房
谷根千工房 仰木さん

いま東京で注目を集めるものといえば「谷根千」と落語。そんなブームに乗って寄席「やねせん亭」は立ち上がりました。

機関誌「谷中 根津 千駄木」は1984年10月の創刊から、今日まで年に4回発行のペースで進んできましたが、残念ながらあと2回で終刊ということだそうです。

yanesen91

不肖円左衛門もこの91号に中特集的に、取り上げていただきました。まだ在庫にゆとり有り

今の谷根千ブームの火付け役、谷根千工房のお一人、仰木さんにお話をお伺いしてまいりました。


円 「どのような目的で機関誌を始められたのですか?」

仰「変わりゆく街並み、そこに住む人がいつの間にか消えてゆくというのをさびしく思いまして。その記録という意味で始めました」

円「今の谷根千のブームの中で、機関誌が終刊というのを不思議に思う方も多いのでは?」

仰 「ブームと言われますが、自分の思い描いていたのとは、ちょっと違う感じです。若い人が移り住むようになり、今までになかった店などが目につくようになって、最近はスマートなお店が多いんですよね。昔の街並みとは変わってきました」

円 「以前からこの町を守ろう、というような活動をなさってたんですか?」

仰 「いいえ。結婚する前、どこに住むか?巣鴨で暮らしていたうちの旦那と相談して『人の匂いのする街に住みたいね』ということでお互い理解をしてました。たまたま目にした不動産屋の《古家あり》の札を見たのがきっかけで、その家を大家さんに案内してもらうことになりました。カンテラを下げて中を見せてもらうと、竹の間と呼ばれる立派な床の間があったり、《井戸水》と書かれた札が下がっていたりというところが気に入って、二人でこの町に住むことになったんです」

円 「今はもうその家は?」

仰 「子供ができたので、住んで2年で移りました。けど、その家で結婚式も挙げたんですよ。桜の時期にはご飯を食べ終わって『今日は蕾がどのくらいまで大きくなった』なんて毎日確認しに行ったりして(笑)。なんか、外に出てゆくのが楽しくなる街の雰囲気がありましたよね」

円 「仰木さんたちの活動の以前には『谷根千』という言葉もなかったんですよね」

仰 「そうです。谷根千は台東区と文京区にまたがってます。台東区はサンバカーニバルとかしますが、文京区はウォークラリーや体力測定とかで(笑)、発想が全く違う自治区同士なんですよ。一時共同で台東文京下町祭りというのもあったんですが、それは長続きしませんでした。続いて谷根千祭りの話があったんですが、それも話が合わずに別々するようになりましたね」

円 「自治会というのはなかなか横につながりませんね」

仰 「光源寺さんのほおずき市というのは、お寺を核にして顔見知りを沢山作ってゆくというやり方です。知っている人が沢山できて『何かある時にお互いが助け合える』という発想はいいな思います。組織にいて、組織でない人を排除するとか、そこに束縛されるというところに自分はあまり属したくないんです。ですから、谷根千は町会とはあまり付き合ったことがないんですよね(笑)」

円 「でも、それで自由な活動ができるんでしょね」

仰 「そうですね」


この町のどこぞにあった《古家》というのが、とても仰木さんとの相性が良かったんでしょうね。仰木さんは元々千駄木生まれの千駄木育ちだそうですが、その家がなかったら仰木さん御夫妻は谷根千を離れてしまったかもしれません。その古家がお二人をここに誘ってくれた、という気がします。

仰木さんの願いは谷根千が「人が住みたくなる街」になることだそうです。機関誌「谷中 根津 千駄木」は終わっても、まだまだ街を、文化を保存し、伝えてゆく活動は続けてゆかれます。

これからもご健闘をお祈りします。そして、僕は「やねせん亭」を仰木さんの意思を受け継ぐものとして認めていただけるよう、しっかりと活動を続けてゆくつもりです。
line

思い当たる節

otaki.jpg
お瀧さん

これも年を重ねた成果でしょうか?「何か思い当たる節がある・・・これは、こういう意味だったのか!」というような事がちょいちょい理解できるまでになりました。

例えば…「火炎太鼓」のネタをあらかじめ出しておきました。開演当日舞台の袖を見ると、そこに本物の火炎太鼓がありました。

例えば…「権助魚」をやりました。話の中で権助が『旦那は湯河原の温泉に行きまして…』というくだりがあります。終演後お客様との懇親会で、湯河原で温泉宿を経営してる人と出会いました。

そしてつい最近、例えば…「やねせん亭」の第一回目は12月14日の開演でした。司馬遼太郎の「世に棲む日々」を読みました。吉田松陰が脱藩してまで東北旅行を開始した日が、同じく12月14日でした。

これは、「間違いなく、何者かに導かれている…」という思い当たる節。

今回の写真は松陰ではなくそのお母さん。

「あかぎれは恋しき人の形見かな 文(踏み)見るたびに会いた(ア痛!)くもある」 瀧

冬の厳しさを歌にして楽しんでしまう、お見事なポジティブです。
line

シンプルであるから落語

桜湯
しおみ保育園でいただいた桜湯

菜種梅雨が今明けようとしています。今日は近所の保育園にボランティア口演。「寿限無」と「転失気」。

何時何処でやっても子供は無邪気に、全身を使って笑ってくれます。終演後ちょっとした質問コーナー。

「なぜ、お兄さんは紙を使わないんですか?」 これは落語とは何かという核心をついた問いかけです。

「紙に絵を描いてお話をするのは紙芝居だよね。落語はね、紙には絵を描かないんだよ。それは、聞いている君たちの頭の中で、その絵を想像してもらうから。落語はね、想像を楽しむ演芸なんだよ」

「なぜ、お兄さんは着物を着ているの?」 大人の当たり前は子供には通じません。

「時代劇を見たことがあるでしょ。あの人たちもみんなこれと同じ着物を着ているでしょ。たとえば水戸黄門。あの時代は江戸時代と言って今から200年から400年も昔の時代なんです。落語も時代劇と同じ江戸時代のお話なんです。だから同じ着物を着るんですよ」

子供の純真な問いかけで落語のスピリッツがちょっと分かったような気がしてきました。それは、貧乏…いや、物の少なさ。それに対する心の豊かさ。

江戸時代という今から言えば、超エコ時代。鎖国をしていたぐらいで輸入品はほとんどない。物をすごく大事に大事に使う習慣。その時代に生まれた演芸だということを、落語は素直に体現しているのではないでしょうか。

使う道具は扇子と手ぬぐい。いや、ないならないでそれなりに出来てしまう。何の装置も使わない。

R-1を見ていても今のピン芸人で紙芝居をやらない芸人はまずまれ。あとは楽器を持つ。しかし、落語はそれらたった一つの道具にも頼らないでお客さんを楽しませてしまう。

Simple is the best. 

子供への公演の時マクラで「落語は想像を楽しむ演芸ですよ」というのを、何回も繰り返し繰り返し説くことにしています。


line

天才は純真を失わない

円左衛門像
転載像
13歳マオリ画伯描くところの円左衛門(上)と天才(下)

マオリ君の個展第1部「紙に描いたものを中心に」に行ってきました。

彼を見て、天才といわれる人間の本質を少し感じ取れたかもしれません。それは、純粋さを失うまいと努力すること。

彼と話をすると笑っちゃうんです、心の中で。なんて幼稚なんだろうと。なんて綺麗ごとを並べる子だろうと。

きっと嫌悪を催す人もいるでしょう。小理屈ばかりの頭でっかちだと。

だけど、彼はそれを日々実践し、そして、それを保つことを怠ろうとしない。

僕は抱きしめたくなる衝動を、ちょっと、一瞬間だけ持ったことを告白します。純粋な心を持った人を人は可愛いと思うのです。邪気を持たない幼児に無償の愛情をもつように。

そうです。だから天才は素敵で、皆が嫉妬半分、しかし尊敬して止まないのです。

彼の尊敬する画家はピカソ、マチスetc.だそうです。ああ、なるほど、これは素人の自分が見てもうなずけるところでした。

で、現代画と称されるものはあまり感心しないんだそうです。病的だから。確かに彼の絵からは全てに、明るさと健康の香りが漂ってきます。
line
line

FC2Ad

line
プロフィール

三遊亭円左衛門

Author:三遊亭円左衛門
「任せておきなさい」

line
最新記事
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QRコード
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。